一ばんの年長者らしい人

「お坐りなさい。あぐら、あぐら。」と一ばんの年長者らしい人が僕に座布団《ざぶとん》をすすめる。「芹川《せりかわ》さんでしたね。」と言って、卓上の書類の中から、僕の履歴書や写真などを選び出して、「大学は、つづけておやりになるつもりですか?」まさに、核心《かくしん》をついた質問だった。僕の悩みも、それなんだ。手きびしいと思った。「考え中です。」ありのままを答える。「両方は無理ですよ。」追撃急である。「それは、」僕は小さい溜息《ためいき》をついた。「採用されてから、」言葉がとぎれた。「それゃまあ、そうですが。」相手は敏感に察して笑い出した。「まだ採用と、きまっているわけでもないのですものね。愚問だったかな? 失礼ですが、兄さんは、まだお若いようですね。」どうも痛い。からめ手から来られては、かなわない。「はあ、二十六です。」「兄さんおひとりの承諾で大丈夫でしょうか。」本当に心配そうな口調である。この口頭試問の主任みたいな人は、よっぽど世の中の苦労をして来た人に違いないと僕は思った。「それは大丈夫です。兄さんは、とても頑張《がんば》りますから。」「頑張りますか。」ほがらかそうに笑った。他の二人のひとたちも、顔を見合せてにこにこ笑った。「ファウストをお読みになったのですね? あなたがひとりで選んだのですか?」「いいえ、兄さんにも相談しました。」「それじゃ、兄さんが選んで下さったのですね?」「いいえ、兄さんと相談しても、なかなかきまらないので、僕がひとりで、きめてしまったのです。」

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