とてもつまらぬ議論

 今夜は、兄さんと、とてもつまらぬ議論をした。たべものの中で、何が一番おいしいか、という議論である。いろいろ互いに食通振《しょくつうぶ》りを披瀝《ひれき》したが、結局、パイナップルの鑵詰《かんづめ》の汁《しる》にまさるものはないという事になった。桃の鑵詰の汁もおいしいけど、やはり、パイナップルの汁のような爽快《そうかい》さが無い。パイナップルの鑵詰は、あれは、実《み》をたべるものでなくて、汁だけを吸うものだ、という事になって、「パイナップルの汁なら、どんぶりに一ぱいでも楽に飲めるね。」と僕が言ったら、「うん、」と兄さんもうなずいて、「それに氷のぶっかきをいれて飲むと、さらにおいしいだろうね。」と言った。兄さんも、ばかな事を考えている。 たべものの話をしたら、やけにおなかが空《す》いて来たので、食通ふたりは、こっそり台所へ行って、おむすびを作ってたべた。非常においしかった。 ニヒルと、食慾《しょくよく》と、何か関係があるらしい。 兄さんは、いま、隣室で、小説を書いている。もう五十枚以上になったらしい。二百枚の予定だそうだ。雪が降りはじめた時に、という書出しから始まる美しい小説だ。僕は十枚ばかり読ませてもらった。出来上ったら、文学公論の懸賞に応募するんだそうだ。兄さんは以前、懸賞の応募を、あんなに軽蔑していたのに、どうしたのだろう。「懸賞に応募するなんて、自分を粗末にする事じゃないのかな。作品が、もったいない。」と僕が言ったら、「でも、あたったら二千円だ。お金でも、とれるんでなかったら、小説なんて、ばからしい。」と、とても下品な表情をして言ったが、兄さんは、このごろ、ずいぶんお酒も飲むし、なんだか、堕落しているんじゃないかしら、と心配だ。 いずれを見ても、理想の喪失。 今夜は、ばかに眠い。

— posted by id at 05:49 pm  

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