少しも老《ふ》けた気配が無い

「これを、みんなお読みになったの?」と僕が無遠慮に尋ねたら、津田さんは笑って、「とても読めるもんじゃないよ。でもこうして並べて置くと、必ず読む時が来るものだ。」と明快に答えたのを、記憶している。 津田さんは在宅だった。相変らず、玄関にも廊下にもお座敷にも、本がぎっしり。少しも変っていない。津田さんも、四年前とおなじだ。もう五十ちかい筈なのに、少しも老《ふ》けた気配が無い。相変らず、甲高い声で、よくしゃべって、よく笑う。「大きくなったね。男っぷりもよくなった。R大? 高石君は元気かね。」高石というのは、R大の英語の講師である。「ええ、いま僕たちに、サムエル・バトラのエレホンを教えているんですけど、なんだか、煮え切らない人ですね。」と僕が思ったままを言ったら、津田さんは眼を丸くして、「口が悪いね。いまからそんなんじゃ、末が思いやられるね。毎日兄さんと二人で、僕たちの悪口を言ってるんだろう。」「まあ、そんなところです。」と兄さんは笑いながら言って、「弟は、はじめから、R大を卒業する気はないらしいんです。」「君の悪影響だよ、それは。何も君、弟さんまで君の道づれにしなくたって、いいじゃないか。」津田さんも笑いながら言っているのである。「ええ、全く僕の責任なんです。役者になりたいって言うんですが、――」「役者? 思い切ったもんだねえ。まさか、活動役者じゃないだろうね。」 僕は、うつむいて二人の会話を拝聴していた。「映画です。」と兄さんは、あっさり言った。「映画?」津田さんは奇声を発した。「それぁ君、問題だぜ。」

— posted by id at 02:53 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.2015 sec.

http://crystal-wings.net/