叔母さんは、本当に怒った

「ま、なんという事です。」叔母さんは、本当に怒った。「私にまで、あくたれ口をきいて。ごらん! 姉さんが泣いちゃったじゃないの。私は知っているんですよ。兄さんにけしかけられて、子供のくせに、あばれ込んで来たつもりなんだろうけど、みっともない、楽屋がちゃんと知れていますよ。いったい、チョッピリ女史なんて、なんの事です。少し、言葉をつつしみなさい。」「チョッピリ女史ってのはね、叔母さんの綽名だよ。僕のうちじゃそう呼ぶ事にしているんだ。知らなかったのかい? それじゃ、お茶をチョッピリいただきますよ。」お茶を、がぶがぶ飲んで、僕は横目で姉さんを見た。うつむいている。あわれだった。何もかも叔母さんが悪いのだと、僕は、いよいよ叔母さんを憎む気持が強くなった。「麹町《こうじまち》でも、いい子供ばかりあって、仕合わせだねえ。進ちゃん、いい子だから、もうお帰り。家へ帰って兄さんにね、言いたい事があるならこんな子供なんかを使って寄こさず男らしくご自分でおいでなさい、ってそう言っておくれ。なんだい、陰でこそこそしているばかりで、いっこうに此の頃は、目黒へも姿を見せないじゃないか。兄さんには、私から、うんと言ってやりたい事があるんです。毎晩、酒を飲んで帰るって? だらしがない。」「兄さんの悪口は言わないで下さい。」僕も本気に怒ってしまった。「叔母さんこそ、言葉をつつしんだらどうですか。僕は何も、兄さんにけしかけられて、ここへ来たんじゃないよ。子供、子供って、甘く見ちゃ困るね。僕にだって、いい人と悪い人の見わけはつくんだ。僕はきょう叔母さんと、喧嘩《けんか》しに来たんだ。兄さんに関係は無い事だ。兄さんは、こんどの事に就いては誰にもなんにも言ってやしない。そうして、ひとりで心配しているんだ。兄さんは、卑怯《ひきょう》な人じゃないぜ。」「さ、お菓子は、どう?」叔母さんは老獪《ろうかい》である。「おいしいカステラだよ。叔母さんには、なんでもちゃんと判《わか》ってるんだから、つまらない悪たれ口はきかないで、お菓子でもたべて、きょうはまあ、お帰り。お前は、大学生になったら、すっかり人が変ったねえ。家にいてもお母さんに、そんな乱暴な口をきくのかね?」「カステラ? いただきます。」僕は、むしゃむしゃたべた。「おいしいね。叔母さん、怒っちゃいけない。お茶をもう一ぱいおくれ。叔母さん、僕はこんどの事に就いては、なんにも知っちゃいないんだけど、だけど、姉さんの気持も、わかるような気がするよ。」ちょっと軟化したみたいな振りをして見せた。「何を言うことやら。」叔母さんは、せせら笑った。けれども、少し機嫌《きげん》が直った。「お前なんかには、わかりゃしないよ。」「さ、どうかな? でも、はっきりした原因は、きっとあるに相違ない。」

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